「OTLアンプ」という言葉に、真空管マニアなら誰もが一度は誘惑を感じたことがあるでしょう。内容も判らない出力トランスから開放され、抵抗とコンデンサーだけでアンプが作れるというのは、まさに先進性のあらわれです。

しかも本来の使命を終えた水平出力管やレギュレーター管は大量に残されているので、多数パラレル動作にもってこいです。

そこで今まで明確にしてなかったOTLの定番球、6080のポテンシャルについて考察してみることにしました。動作はSEPPの上下でそれぞれ1本、つまり2ユニットづつという基本的動作です。

普通に考えればそれで10Wは無理だと思われますが、本当に無理なのか、どのように無理なのかを確認してみたくなったのです。


                    


また今回はアンプを実際に作るのではなく、メーカーの特性カーブから出力を割り出す机上のプランニングだけで、ドライバーや電源についてはほとんど考えません。

まず10Wという出力を出すために必要な電流を出しますが、2ユニットパラレルなので16Ω5Wで計算します。ロードラインはほとんど垂直の直線となるので電流だけで計算できるのです。

出力=IR=5W ですから I=0,312A よってI=0,559A という実効値が算出されるためピーク値は782mAとになり、さらにアイドリング電流50mAを入れ840mA程度で作図します。 


        


これをみると、Ep=175V、Eg1=−90Vくらいで図面上ではなんとか10Wが出せることが判ります。ただしクロスオーバー歪はかなりのもので、損失4倍拡張理論による動的プレート損失52Wに収まっているのは350mAの所までです。

これを出力として換算すると1ユニットあたり700mWとなるのため、連続出力1,4W程度以下で使用しなければなりません。10W時ユニットあたりのプレート入力はピークで150Wに達します。

つまり波形はひどいが瞬間的には「10W出る!」という、見栄を張るだけのアンプになりそうです。歪は0,5Wで10%を超えているでしょう。

しかし「これではちょっとひどい。10Wもいらんからもう少しマシな物はできんのか?」という方のために別のプランをご用意しました。最大電流を760mAに下げたものです。


       


この場合Ep=155V Eg1=−63Vで7,6W出せ、クロスオーバー歪はだいぶ減りますます。ただし連続出力は1,6Wとなります。そこでさらにぐっと最大電流値を下げると


       


Ep=120V Eg1=−43V アイドリングは90mA、最大出力は3,2W程度ですがクロスオーバー歪はほとんど無く、連続出力も3W程度となるため、使いやすいとはいえ、少しやりすぎかもしれません。おそらくNFBは必要ないでしょう。

もう少し欲張るならEp=135V Eg1=−50V Ip0=80mAで4,5Wとなり、6080をもう2本加えて4パラとすれば9Wになるわけで、この辺が実用範囲という気がします。連続出力は約5Wでしょう。

ここで多くの人は6080クラスの球のカソードに、800mAを超える電流容量があるのか疑問を持たれるかもしれません。確かに図面上ではいくらでも電流が流れるという前提で、特性カーブを延長しています。

そこで参考までに同クラスの整流管、5AR4のIpt特性を載せてみました。これによるとEp=40Vで800mA超の電流が流れていて、6080の予測カーブが使えるとわかります。


   


電源はステレオで最低2A以上欲しいところですが、重量を考えると悩まされます。そこでお薦めしたいのが電源トランスレス、いわゆるPTLです。

ただしACコンセント直結は良くないので、「アンプとしてはPTL」という環境を作ります。具体的には100V対100vの1kVA程度の大型絶縁トランスをコンセント直後に挿入して、あらたなPTL機材用絶縁型AC電源を設ければよいわけです。





最近は上のように良さそうなトランスが時々出回っていて、本当にいい時代だと感じます。このトランス1個でOPT2個と巨大電源トランス1個分の役を担う、巨大AC-ACアダプターと考えれば大安売りでしょう。

別のPTL機材同士間の極性には注意が必要ですが、3Pソケットとコンセントの使用で事故を防止できます。

また電源トランスを共有する時は両波倍電圧を行うと、回路によって対グランドの電圧が変わってしまうので、片波倍電圧とします。同様にブリッジ整流もやめましょう。


     


結論として2本だけの6080でも、8Ωのスピーカーで瞬間的に10W出せるOTLは作れるが、実用機としての意味は無く、高さだけを誇るハリボテのタワーのような物になるだろうと言う事がわかりました。

真空管OTLでは最大出力を誇示したいばかりに、10分もその出力を出し続けると壊れてしまうような設計に陥りやすいので、記事を参考にする時は注意が必要です。

見栄などではなく本当に大出力が必要なら、それなりの規模を覚悟して、球に負担の無い実直なOTLアンプ作りをするべきでしょう。特に5極管接続で作ったOTLでは、真っ赤に燃えるG2の存在に対し、見ない振りをすべきではありません。

また極めて魅力的な誘惑に思えるでしょうが、真空管OTLでACコンセント直結は絶対にやめましょう。そのように作ってしまった方々には、絶縁トランスを買う決断力を期待します。





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