私は貧乏スタジオの経営者なのに、真空管をバカ買いする悪いクセがあります。そんなある日、安い真空管は無いものかとフロービスの価格表を見ていたら、200円という値段が目に留まりました。

このような低価格管は、たいてい増幅と縁のない双検波管か、サイラトロンというのが定説ですが、意外にもその型番は6BN6でした。


           


6BN6はこれ1本で@中間周波数のリミッターアンプ、AFM検波、B低周波増幅をこなすスグレモノとして、TVの音声回路や安価なFMラジオで活躍していたらしく、またTVの同期信号分離回路も、サンプルとして出ています。

構造はゲーテッドビーム管という、耳慣れない名前と構造図が示す通り、ヒーターが片側に追いやられた非点対称形を成し、またグリッドもリミッターグリッド、アクセラレーター、クオードレイチュア(クオードレーチャー、クワドラチャー)グリッドと、特殊な名称になっています。

       


この一風変わった内容が原因でしょうか、200円という価格から想像するに、現在ほとんど使う人がいない失業状態のように見えます。これは自称「失業真空管救済マニア初級」として見過ごせません。

そこで新たな就職先として、真空管にやさしいオーディオでの活用方法を探るわけですが、その前にこの球の、かつての仕事ぶりを確認したいと思います。まずリミッターグリッドと呼ばれる第1グリッドの特性を計測しましょう。


 


0Vや−6V付近で狭まっている、このグラフのカーブの間隔とは、グリッド電圧1Vあたり、どれだけ電流変化を起こせるかという「増幅効率」を表わす数値、つまりgm(相互コンダクタンス)を意味します。[mA/1V]

自動車ならば1リッターあたり何キロ走れるかという「燃費」に似ているといえましょう。[km/1L] さらに第3グリッドに+3Vのバイアスを与えてみると、5極管特性のようになりました。


 


両方のグラフから読み取れるのは、通常の真空管ではバイアスが浅くなるに連れ、カーブの間隔が広がるのに対し、6BN6では−3,5Vを中心にバイアスが浅くなっても深くなっても、その間隔が狭まっていると言う点です。

つまり一定の入力までは普通に増幅するが、入力信号の振幅が3Vを越えたあたりから、プレート電流の変化を減少させるリミッター効果が得られるということで、この球の、1番目の機能が確認されました。

次に、この信号がアクセラレーターを経由し、強力なビームとなってクオードレイチュアグリッド(G3)に電圧を誘発させるらしいのですが、本当に誘発させているかを調べるため、下図のような回路を組んでみました。


           


もし電圧が誘発されれば、CRTのBチャンネルにも波形が観測されるはずで、その結果が下の写真となります。それぞれの写真は上の波形がAチャンネル下の波形がBチャンネルとなり、入力信号の70%近い逆相電圧が観測されます。

ただしG2(アクセラレーター)電圧は60Vがビームを絞り込む最適値のようで、G1のバイアス電圧は最も波形歪の少なかった−3Vにしてあります。


      


また、発生電圧には周波数特性があり、800Hzでは−20dBまで減少しますが、矩形波におけるG3電圧波形から、誘発を起こす電極間容量(4pF程度)とG2抵抗で、ローカットフィルターが形成されている可能性が考えられます。


              
 

位相が逆転するのは、電子がグリッドに帯電して電位が低下するためと考えられます。通常の3極管でもグリッドを開放にすると、そこに電子が帯電してマイナスのバイアスがかかるため、グリッドをアースした時よりも、電流が減少します。


             


このようにG1(中間周波数)で発生したG3電圧は、クオードレイチュアコイルで共振させ、FM波との位相差でオーディオ信号を作るようなので、その仕組みを考えて見ましょう。

「クオードレイチュア」Quadratureという単語には直角位相という意味がありますが、同心円上の角度で位相を考えた時、中間周波数とクオードレイチュアコイルによる共振には90度の位相差があるという点を活用しているようです。

実際はG3には逆相(+180度)の電圧が誘発されているので、クオードレイチュアコイルの発振はさらに90度、つまり270度遅れた波形となってG3に現れています。


                  


ところがこの状態は90度進んでいるときと同じことになり、ここに、FMにより周波数が上昇した波形が入ると、入力波形(リミッターグリッド)とクオードレイチュアグリッドの位相が近づき電圧が上昇します。

一方周波数が低下した時は、入力波形とクオードレイチュアグリッドの位相が打ち消しあい、電圧が低下します。こうして周波数−電圧変換が行われ、2番目の検波機能が達成できるのではないでしょうか。


                


上のアニメでは出力電圧の変化を、単純にベクトル合成の青い矢印で表現していますが、これは私が勝手にこじつけた考え方で、実際はどうなっているのか、ちゃんと計測していません。まあこんな感じかな?的に考えてください。

ところがGEの規格表では波形のイラストが出ていて、これによると周波数が上昇したた時の方が、波形が小さく描かれています。これでは話が逆では・・・と思ったら、この図は電流波形でした。


         


つまり実際のプレート電圧波形はその反対となるわけで、なんとかツジツマを合わせることができました。


         


またこの第3グリッド自体、3番目の機能である、発生したオーディオ信号の増幅も出来、オーディオ的に充分なゲインを持ったなFM検波回路が、これ1本で出来上がり!というわけです。


        


以上一連の動作を、GEの規格表に添付された図面(日本語版にしてある)を利用して構造的に解説すると、下の図のようになります。


   


さあ大雑把ですが、これで面接は終わりました。ここまでの計測や考察から、いよいよオーディオへの活用を考えてゆきましょう。ちなみに ネットの検索では「クワドラチャ検波」という表現の方が一般的なようで発音もそのほうが近いと思います。


* CRT:cathode ray tube ブラウン管のことで、通常は液晶画面も含め、
       オシロスコープの代名詞としても使う




つづく

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その1 訪れたハローワーク窓口